海外「4次元のチェスをしているよ、この人!!」息子たちを一人ずつ、味方側と敵側に派遣した真田昌幸の戦術に称賛の声

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TIL about Sanada Masayuki, the head of Sanada clan in the 16th century, sent his older son to join the Tokugawa army and his younger son to the opposing army at the Battle of Sekigahara, the turning point in feudal Japan, to ensure the survival of the clan, regardless of the outcome.

1海外の反応を翻訳しました : ID:

“16世紀の真田家の当主である真田昌幸は、封建時代の日本の転換点となった関ヶ原の戦いで、どんな結果になっても一族の存続を図るために、長男を徳川軍に、次男を敵軍に送り込んだ。”

2海外の反応を翻訳しました : ID:

しかも、この戦略うまくいったんだよな!長男が戦った側が戦いに勝って、次男(と、同じようにそちら側に加わっていた父親)は捕らえられたが、長男のおかげで処刑を免れ、代わりに流刑地に送られた・・・そして、長男は一族の長となった

3海外の反応を翻訳しました : ID:

でも、より大きなレガシーを得たのは、次男の真田幸村なんだよな

4海外の反応を翻訳しました : ID:

伝説によると、彼の下には猿飛佐助と霧隠才蔵という日本で最も有名な2人の忍者が配属されていたらしい!また、彼は真田信繁とも呼ばれていた

5海外の反応を翻訳しました : ID:

>>4
武士は成人すると新しい名前を名乗るのが普通で、その習慣は戦国時代よりもずっと前からあった・・・例えば、12世紀の源義経は牛若丸として生まれた

6海外の反応を翻訳しました : ID:

>>5
大人になってから、結婚したり他家に養子に出されたりした場合もあるよな!でも、生きているときに幸村と呼ばれたことはないらしいよ

7海外の反応を翻訳しました : ID:

奥州の独眼竜も好きだ!

8海外の反応を翻訳しました : ID:

>>7
何かのゲームで政宗が武蔵のライバルにされてたよ!彼は関ヶ原で敗れた側で戦い、そこからインスピレーションを得て自分の戦闘スタイルを確立したと言われていて、皮肉なことに、記録に残っている60回以上の決闘のうち、ほとんどが木刀一本で勝っている!政宗はかなり長い刀を使い、独特の戦い方をしていたらしい

9海外の反応を翻訳しました : ID:

ノルマン人も、11世紀に南イタリアに渡って傭兵として働いていたけど、文化的には同じようなことをしていたよ!ノルマン人は雇ってくれる人なら誰の下でも働いたから、戦場で他のノルマン人と顔を合わせることが多かったらしい!これを利用して、勝っているときには負けている仲間のノルマン人に寛大な処置を施すように交渉し、イタリアで権力を争う他のすべての派閥がお互いに疲弊していく中で、ノルマン人勢力は拡大していった

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10海外の反応を翻訳しました : ID:

二人の兄弟は苦しい想いだったろうな

11海外の反応を翻訳しました : ID:

これが処刑を免れるための保険になったのか!

12海外の反応を翻訳しました : ID:

伊達政宗、真田幸村、島左近、織田信長・・・この時代はボスキャラの人材が豊富だな

13海外の反応を翻訳しました : ID:

「ゲーム・オブ・スローンズ」にも同じようなことをしたキャラクターがいた気がする!

14海外の反応を翻訳しました : ID:

自分たちの未来を、遺伝子でヘッジしただと!凄すぎるだろ

15海外の反応を翻訳しました : ID:

そして、戦場で出会う・・・「ほほほ…弟さん、私に近づいてくるとは愚かですね!!」

16海外の反応を翻訳しました : ID:

>>15
弟にさん付けしないよ!

17海外の反応を翻訳しました : ID:

俺は株でも同じことをしてる!買いと空売りを同時にやるよ!賢いやり方だと思うよ

18海外の反応を翻訳しました : ID:

日本では比較的よく見られたことらしいけどね!そうやって一族は大きな戦争を乗り越えてきた

19海外の反応を翻訳しました : ID:

「もし、二人とも戦死してしまったら?」
「ああ、それは考えていなかったな!」

20海外の反応を翻訳しました : ID:

悲しい事に、現代でもこういう事あるんだよな

21海外の反応を翻訳しました : ID:

脳みそフルに使ってるな!

22海外の反応を翻訳しました : ID:

4次元のチェスをしているよ、この人!!

引用元:Reddit

コメント

  1. 匿名 says:

    割と普通のことだしね

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  2. 匿名 says:

    勝った方は負けた身内のために全力土下座戦法
    普通です

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  3. 匿名 says:

    喧嘩別れ説の方が好き

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  4. 匿名 says:

    逆にあの真田昌幸が、何の策も無しに時代に流されたら?
    そっちの方が違和感有るわ。

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  5. 匿名 says:

    ならば殿と一戦仕るまで…
    真田信之には本多忠勝がいたからなあ

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  6. 匿名 says:

    家宝は戦の前に兄貴(嫁は本田忠勝の娘)のほうに渡してたらしいな。

    兄は徳川側、弟は豊臣側、そして父は地元で徳川2代目の援軍勢力を足止めした事で徳川勢の戦後支配力を削いでその後の幕藩体制に大きな影響与えてるというね。
    真田昌幸はほんとスゴイ武将だわ。
    大阪の陣で散った弟は「日本一のツワモノ」として名を残し、
    兄貴は長生きし将軍の相談役として重用され、立派に家を残してるんだからな。

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  7. 匿名 says:

    >ノルマン人は雇ってくれる人なら誰の下でも働いたから、戦場で他のノルマン人と顔を合わせることが多かったらしい!

    傭兵同士になるとまともに戦い合わなかったり、すぐに撤退したりして紛争が長期化、戦費だけがかさんでいくという状況になっていったために、国民から兵を徴収して戦わせるという国民軍制度が出来ていく

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  8. 匿名 says:

    武家は親子でも敬語で喋ってたんじゃないかな

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  9. 名無しの権兵衛 says:

    那須一族も源平に別れて戦った

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  10. 匿名 says:

    何を白々しいことを。
    ヨーロッパなんか、あっちの名門の家、こちの名門の家と婚姻・親戚・遠戚関係ばかりでしょ?国境を越えてね!エリート階級は!上流階級は!
    これをいわゆるDS(ディープ・ステイト)と呼ぶわけでしょ?
    トランプさんと敵対した。
    古代ローマ帝国からの歴史でしょ?

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  11. 匿名 says:

    株で両建てははっきり言って悪手

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