海外「68年前のおばあちゃん? 日本人女性は本当に美しい!」1951年に撮影した祖父母の写真を見てくれ、祖母は今95歳なんだ!

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My grandparents in Kyushu, Japan – 1951. Grandma is 95 now!

1海外の反応を翻訳しました : ID:

九州にいる僕の祖父母が1951年に撮った写真だよ。
おばあちゃんは、今95歳なんだ!

2海外の反応を翻訳しました : ID:

ベネディクト・カンバーバッチは不死身なんだね。

ベネディクト・カンバーバッチ

ベネディクト・ティモシー・カールトン・カンバーバッチは、イギリスの俳優。イングランド・ロンドン・ハマースミス出身。 ウィキペディア

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3海外の反応を翻訳しました : ID:

写真に写ってるおばあちゃんは座ってるの?それとも小柄なの?
いずれにしても、素敵なカップルだね!

4海外の反応を翻訳しました : ID:

>>3
座ってるみたいだけど、多分背が低い方なんじゃないか?男性も立っててこの高さなら、背がすごく低いよね。

5海外の反応を翻訳しました : ID:

>>>3
おばあちゃんは座って写ってるけど、すごく小柄なんだ。5フィート(152cm)とかそれより低いくらい。95歳になるまでに、もう少し低くなっちゃってるだろうけど。

6海外の反応を翻訳しました : ID:

ジェイ・バルチェルにちょっと似てるよね。

7海外の反応を翻訳しました : ID:

君のおばあちゃんは、今でも可愛らしい方だって分かるよ。そう伝えておいて!

8海外の反応を翻訳しました : ID:

美男美女のカップルね!2人がどうやって知り合って、どんな新婚生活を送ったのか聞いてみたいわ。

9海外の反応を翻訳しました : ID:

>>8
2人は福岡の病院で出会ったんだ。
おばあちゃんが看護師をしてたその病院に怪我をしたおじいちゃんが来たってわけ。
そんで、おじいちゃんがデートに誘って、7年後に2人は結婚したのさ!

10海外の反応を翻訳しました : ID:

最高ね。

11海外の反応を翻訳しました : ID:

この写真の時と変わらず、素敵な女性のままなんだろうね。

12海外の反応を翻訳しました : ID:

彼女の髪 + 彼の顔立ち = シャーロックホームズを演じてた時のベネディクト・カンバーバッチだね。

13海外の反応を翻訳しました : ID:

お二人が長い間幸せに過ごされてることを願ってるよ。それに、おばあちゃんは95歳でしょ。君は本当に恵まれてるね!聞きたいことは今の内に聞いておきなよ。

14海外の反応を翻訳しました : ID:

女性の方は、すこし驚いてる感じかな。でも間違いなく魅力的な女性だよ。

15海外の反応を翻訳しました : ID:

俺の嫁のことも聞きたいかい?同じくアジアの人だよ!

16海外の反応を翻訳しました : ID:

うちの祖父母がお二人に会ってる可能性が無きにしもあらずだね。

17海外の反応を翻訳しました : ID:

九州は、朝鮮戦争の時に親父が配置されてた場所だ。

18海外の反応を翻訳しました : ID:

最高の写真じゃん!

19海外の反応を翻訳しました : ID:

こういう写真いいね!

20海外の反応を翻訳しました : ID:

第二次世界大戦で連合軍が勝利してから6年しかたってないんだよな。
考えてみると本当に凄い話だよ。

21海外の反応を翻訳しました : ID:

えっと、カンバーバッチさん、ではないですか?

22海外の反応を翻訳しました : ID:

戦争で都市を2つも灰にしてしまったことや、その日本の女性と結婚したことを、どんな風に思ってたんだろうね。

23海外の反応を翻訳しました : ID:

2人がどうやってこの関係を築いたのか、悲観的な見方をしてしまうのは僕だけかな。

24海外の反応を翻訳しました : ID:

>>23
確かに。写真に写ってる女性は、嬉しそうじゃないもんね・・・。

引用元:reddit

コメント

  1.   says:

    いえ、どうぞお構いなく。

  2. 匿名 says:

    40年前くらい、岸本佳代子が演じてた戦時中の若い女性は
    魂の抜けたような抑揚のない話し方で表情もなかった。
    「この女優さんはなんでこんな演技するんだろう」と不思議がる私に
    母が「あら、戦時中の女性は概ねこんな感じだったわよ。だからじゃない?」と。
    だからこのおばあちゃんのこの表情も不幸だからというより
    時代の反映なんじゃないかと思った。

    • 匿名 says:

      当時、明るかったのはパンパンみたいに体を売って金が沢山ある人だけだったよ
      戦時中でもバカみたいに明るい人は体売ってた人だったりする
      暗いと客がこない、体を売って食料をもらったりとか口利きしてもらってた
      戦時中ってのは災害みたいなものだからね
      被災地の人と戦時中の人は本当によく似てるよ…
      フラッといなくなって自殺したりとか家族とかがいた場所を感情のない目でボーっと見てたりとか
      いきなり酷いヒステリーを起こし泣きわめいたりとか
      食事すらしなくなり口も利かなくなったりとか
      旦那さんが亡くなったという知らせを聞き、そう…と頷いて
      寝ている自分の赤ん坊をころしたりとかもいた
      全部医者をやってた祖父や祖父の友人から聞いた話
      戦地での機関銃により上半身と下半身がまっぷたつにされても助けてと手を伸ばそうとする日本兵の話を聞かされたのも覚えてる
      緊張やストレスと熱で出血が幾分か抑えられ、そんな状態でも数分いきてることがあったんだって

  3. 匿名 says:

    1951年いうたら後のルース台風っちゅう今日に勝るとも劣らんキャツが来よってなぁ、災害でいうたら関東大震災も酷かったけど、でも一番しぬかと思ったのはやっぱ関ヶ原の戦いだわなぁ

  4. 匿名 says:

    当時の世情もあるけどやっぱ軍人さんとのカップルだな

  5. 匿名 says:

    ガイジン好きとか草

  6. 匿名 says:

    戦後間もなく、進駐軍の米兵にすり寄った日本人女性は何万人といた。
    米兵相手の公娼を募集したら何万人と応募があった。
    戦争に負けるってのはそういう事。

    • 匿名 says:

      一家の大黒柱が戦死して、兄弟を食べさせるのに他に方法がなかったとかな。
      そう思って応募して、でも辛くて最初の夜に電車に身を投げた女性もいたとか。
      すり寄ったって書き方はかなり意地悪い言葉だね。

      戦争に負けるってのはそういう事ってのはその通り。
      自分の夫や父、兄弟を殺した相手に身を売るしか食べる方法がないってことだ。

    • 匿名 says:

      そうしなきゃ生きていけなかった、そうしたまで。
      自分だって生きる為なら、そうするよ。
      だって、生きたいから。

      正直、当時のそういった女性達を「非国民だ!」と責める気持ちも、侮辱する言葉も、戦争を知らない現代の平和な治世でしか生きたことの無い人間が抱くなんて、厚かましいにも程がある。

      そしてそういった女性達を、今尚、悪と言わんばかりに論う様な物言いはすべきでは無いし、現代人が言う資格は無い。
      だって彼女達は、その時代を彼女達なりに懸命に生きただけだもの。

    • 火出国 says:

      その時代、世情で食べていく為の方法が、幾つあったかな。
      子供に食べさせる為なら、何が何でもってのが母親だし、そういう人をどうのこうの言う資格は、現代を生きる自分達には無いぞ。
      ロシアでも、ルーブルが殆ど価値がなくなったときは、街角に若い女があちこちに立ってたそうだけどな。
      明日食べる為の金が無い、ってはした金でも身を売ってた。
      それを非難なんて出来ないだろ。

      • 名無しさん says:

        食べていくためってのは言い過ぎ。美化しすぎなんだよ。正確にはいい生活をするためってところ。
        当時だって別に女が体まで売らなくたって生きていくくらいのことはできた。だがアメリカの豊かで楽しそうなライフスタイルに触れたおんなたちが自分もああなりたいと思って野心的に行動したってことだ。
        風俗やAVに走る今時の若い女たちが不況や就職難を理由にするのによく似てる。

  7. 匿名 says:

    アジアでくくるなよ
    糞喰いや人食いがいるんだぞ

  8. 匿名 says:

    一枚目の写真はパンパンかと思った

  9. 匿名 says:

    この女性が戦争花嫁じゃない事を祈っておくよ…

  10. 匿名 says:

    日本軍の慰安婦がどうだとかアメリカ軍にだけは言われなくないわな。
    戦後急いで慰安所をつくらないといけない状況にしたのは
    アメリカ軍やイギリス軍がさんざん日本女性をレイプしたせい。

  11. 匿名 says:

    よくこういう写真に「しあわせじゃなさそう」とかいうコメントつくけど
    この時代の女性が(男性でもだけど)女優でもないのににっこり笑って記念写真に写ってる方がおかしい。
    みんなかしこまって映ってるのが普通。

  12. 匿名 says:

    馴れ初めがかわいい

  13. 匿名 says:

    96歳でご存命ということだから、苦労はあっただろうけど旦那さんには大切にされたのかなと思う
    孫に悲壮感もないしね

  14. 匿名 says:

    進駐軍がいなくなったあとオンリーさん(妾)だったけど看護婦だったことにした人は大勢いたと母が言ってた
    結婚してもらえた人は幸せで子供ごと捨てられた人のほうが多かったって

  15. 匿名 says:

    風が止んだ!
    オワタのか?

  16. 匿名 says:

    サザエさんカットと聖子ちゃんカットの
    中間がこれか

  17. 匿名 says:

    福岡に米軍駐留所みたいなところは戦後いくつか点在していてその中でも春日という
    都市はたくさん米軍ハウスがあって日本人と米軍は仲良く共同生活を
    送れてたってローカルニュースの特集であったな。そういう経緯なら馴れ初めも不幸ではない
    かもよ

  18. 匿名 says:

    お祖母さんが本当に看護婦さんだったとしたら、祖父さんは朝鮮戦争に従軍していて負傷、前線から日本に搬送されて、治療していたのかもな。
    正直○ンパンの可能性も高いと思うが、そうした普通の出会いであった事を願いたくなるな。

  19. 匿名 says:

    ほんとに看護婦さんなら完全に恋愛結婚だろう
    よく思わない人もいる中での事だから、一緒になれて凄く幸せだったと思うよ
    生きる為に一緒にいたのなら、それでもちゃんと結婚して95になるまで連れ添ったわけだから苦労はあってもやっぱり幸せだっただろう
    長生きしてね

  20. 匿名 says:

    欧米の人ってわかりやすくその人が笑顔じゃないと幸せそうだとは思わないから、時代背景も相まってそう言う風に見えるんだろうなぁ。

    • 匿名 says:

      今みたいにスマホで撮れない時代だと、欧米でも畏まった感じのが普通だしね
      シャッターミスで、キリっとしたのになる筈が撮り終わって
      「上手く撮れてると良いわね」「そうだなぁ」みたいな
      イチャイチャ写真になってしまった白人老夫婦の白黒写真を見たことあるけど微笑ましかった

  21. 匿名 says:

    看護士していたお嬢さんが出会って7年後に結婚ならなんとなく旦那さんのアプローチから恋愛結婚なんじゃないかなと。
    お孫さんの様子からは幸せに過ごされていそう。

  22. 匿名 says:

    火垂るの墓みたいな孤児でも、姉ちゃんなら体売ってでも妹に飯食わせて医者にも診せることもできた
    戦後、幼い兄弟にご飯食べさせるために、指をさされながら懸命に生きた女達がいて、子供を必死に育てた母がいて今の日本がある

    そのへんの小遣い稼ぎのパパ活してる股の緩い女と一緒にするな

  23. 匿名 says:

    歯を見せて笑うなんてまだ「はしたない」って言われる時代だもんね

  24. 匿名 says:

    現在95才になるおばあちゃんの写真を、おそらくアメリカ国籍の孫が嬉しそうにネット上に上げるんだから幸せなんだと思うよ。

  25. 匿名 says:

    昔も今も女は変わらないね

  26. 匿名 says:

    当時、先進的で文化的で文明的だと思われた米国に進駐軍の兵隊の嫁になって、期待に満ちて米国に渡った女性は多い、そして嫁いでみたらスマートで文化的に見えた夫は農場の息子で、差別的な田舎で日本の田舎とさして変わらない文明や文化の恩恵もない嫁ぎ先でつらい労働の日々を送り絶望して日本に帰ってきた女性もすごく多い、だからこのおばあさんは凄く当たりを引いたのか、それともつらい農場生活をものともしないほど旦那さんと仲が良かったかどちらかだと思う。

  27. 匿名 says:

    アメリカ人夫と一緒に渡米した女性の殆どがその後離婚してるんだよね。
    かといって今更日本に帰ることもできず、高齢になっても働き続けないと生活できない。
    残念なことにそういう人達って豊かになった日本から来た若い女性を虐める人がかなりいたらしい。

  28.   says:

    51年ってことは米国自体が欧州の金融植民地だったわけで、欧州汚貴族連中が人種差別撤廃宣言した日本に恐怖を感じたの米国のアカ使って潰そうとしたのが分かったからアカ狩りした後だわな。